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子どもたちに豊かな時間を
我を愛す
“自分を愛する以上に愛情を捧げる相手を求めて、果てしない宇宙を探し歩いたとしても、そんな人はどこにもいません。この果てしない宇宙にいる誰よりも、あなたが愛情を注ぐに値するのはあなた自身なのです。"
--------------ゴータマ・ブッダ
大切な家族がいて、家事に仕事にとあっという間に1日が終わる。毎日がその繰り返し。
かつて私自身もそうであったように、みなさんも自分自身のことは後回しにしてしまっていませんか?
少し視点を変えて、"私(あなた)"という個体を、外側から第三者的視点で眺めてみてください。私たち自身の、一番近くにあるもの。それが私たち自身のこの"身体"なのです。
そう思うと、なんだか自分の身体をいたわってあげたくなりませんか?
呼吸とともに、自分の内側と向き合う時間。
自尊心
“自分を愛する以上に愛情を捧げる相手を求めて、果てしない宇宙を探し歩いたとしても、そんな人はどこにもいません。この果てしない宇宙にいる誰よりも、あなたが愛情を注ぐに値するのはあなた自身なのです。"
--------------ゴータマ・ブッダ
なんて素晴らしい、この春
不安や衝動性が強いときこそ、身体に目を向ける時間を
少し前に、贄川治樹先生という、身体と心理学の専門家の方のお話を聞く機会があり、うんうんうん!!と、何度も頷きながら話に聞き入ってしまうという体験をしました。
人間、不安なときや心もとないときに限って色々と考えすぎてしまい、かえって良くない結果を招く、なんていうことが結構ありますよね。
思考する=ドーパミンが増えて恍惚感を得られることで満足・安心してしまうのですが、これは例えると「人参を目の前に吊り下げられた馬」のようなもので、常に走っていなければ満足感が得られない状態にあるとのことです。同時に、ドーパミンが増えるということは、興奮状態にあるということ。
頭(脳)というものは、過去のデータしか持ち合わせていません。また、マインドは過去の事象(主にネガティブなもののほうが余計鮮明に覚えていたり…)か、未来の事象(期待よりも不安のほうがより感じやすかったり…)に目を向けがちです。
不安というものは、何らかのエネルギーがあるのにその出口がないときに生じるといいます。こんな時、身体を随意的(自分の意志で思う通りに動かすこと)に動かすことは、身体をコントロールできているとの安心感を産み、また、多方向に散乱しているエネルギーを一方向に整える効果があるらしいのです。
立っているときに腹や重心を意識する。
地に足がついている感覚を経験する。
腹に中心が集まると、何もしなくても実在感を得られるようになる(先ほどの人参を目の前に吊り下げられた馬とは正反対の状態)。静かな時間の中で、身体を感じる時間を持つことが大切だと、先生は説いていらっしゃいました。
今の自分に気づくこと=マインドフルネスが大切なのですね。
"今にいることでしか、次の行動は生まれない"
年度末である3月。
私自身、来年をどう過ごしていこうか、仕事のこと、家庭のこと、人生のこと、諸々を、頭の中であれやこれやと思案することが多くなっていて、気づきたら頭でっかちに。
だから、時間的余裕のある日は、午前中にウォーキングをする時間をとっています。その時間は思考することはやめ、身体の感覚に意識をむける時間にするよう心がけています。
それでもいつの間にかまたあれこれ考え出していることも多いのだけれど、そんな自分にまずは気づくことが、今の自分を知るためには大切なのかなと思います。